何故DTMに「楽譜制作ソフト」を使うのか? と思われる輩も多いだろう。
音楽教育は西洋のクラシックがベースであり、しっかり学んでいればいるほどピアノロールでの作曲に頭を切り換えるのが難しい。
「紙とペンと五線譜の作曲に近いソフト」の需要はニッチではあるが非常に根強い。
申し遅れました。初めましての方は初めまして。井上雄侍です。
管理人よりオファーを受けたので、今回よりちょくちょくこちらでレビュー記事を執筆させてもらうことになりました。今後ともよろしくお願いいたします。
1.全体的印象
さて、では早速本題に入らせてもらおう。
今回は楽譜制作ソフト、Sibeliusのレビューになる。
記事が長くなりすぎるのを防ぐため、必需スペックや価格などの基礎情報はメーカーの製品ページで最新の情報を確認してもらいたい。
なお、このレビュー記事は2015年2月現在の最新バージョン(7.5)を元に執筆している。
さて、単刀直入に言えばこのSibelius、楽譜制作ソフトという位置付けながら最強の作曲ツールである。
このソフトはウィーンの中学の授業でバージョン5を使ったのがきっかけで知り、数年後に作曲を始めようと決意した頃にバージョン7を学割で購入、以後長い付き合いとなり、現在も私の作曲・編曲、そしてその後のプロセスにおいても外せない存在となっている。
普段世話になっている機能の全てを紹介すると長くなるので割愛させてもらうが、一言でまとめるとSibeliusは「DTM力不足を音楽力で補える」ソフトである。
2.評価点
一例をあげよう。
例えば「クレッシェンド」や「リタルダンド」等の音楽表現。
普通のDAWの打ち込みにおいてこれらを再現したい場合、
クレッシェンドならボリュームやベロシティをいじって調整したり、
リタルダンドならテンポチェンジを複数回挿入してから微調整したり・・・
DAW慣れしているならちょっとした手間だけで済むが、これからパソコンで作曲始めるぜ! って人は「DTM? DAW? 何それ美味しいの?」という状態下にある。
つまりはクレッシェンドやリタルダンドなどの音楽知識があっても、それを打ち込みでどうやったら再現できるのか右も左もわからないのである。
そして既に作曲スキルがあったり、プロ演奏家出身だったりの都合で音楽への理想や知識が高い輩ほど色々こだわりたい傾向があるものだからやっかいだ。
そんなあなたにSibelius!
音符や小説を選択してクレッシェンドやリタルダンドとタイプするだけでそれが書き出したMIDIデータにも反映される! 超便利!
ついでにできちゃうイケメン楽譜も有効活用。リアルタイムで演奏指導が出来ない状況下や、アンサンブル練習前の曲の弾きこみ等において楽譜はその真意を発揮する。
譜面とはただ音楽を読み書きするためだけの書式ではない。曲に関わる全ての人間を繋ぐためのコミュニケーションツールなのだ。
ちなみに私は毎回のプロジェクトで必ず楽譜をPDFで書き出し、印刷して自分のパート練習に使うのはもちろん、他のパート演奏者への先行練習依頼や細かな表現の指示、ミックス時にも細部の書き込みに使用し、常に全体を意識した視点を保つために役立てている。
全体を「聞く」だけではなく「見て」こそ気付く点も存在するのだ。
そして以外に便利な「アイデア機能」。
これは各楽器・各ジャンルでよくありがちなフレーズがあらかじめプリセットとして入っており、コピペ用に使ったり自分で新たに追加したりといった事ができる機能。
初心者時代には打ち込み技術や各楽器特有のクセ、書式の参考にもなって非常に助かった。
音大出身・プロ音楽家出身にとってSibeliusは非常に扱いやすく、私自身ヴァイオリニスト出身でDTMのDの時も知らない状況ではあったが、たった3週間という時間制限で処女作の完成度が高くなったのは正直言ってSibeliusの恩知が大きい。
クラシック界出身で五線譜慣れしている私にとってSibeliusは最強の作曲ツール。余程の事がない限りは今後乗り換えるようなことにはならないと言い切れる。
私がPro Toolsを使っている理由も実はDigidesignが同じAVIDの傘下に入ったために将来Sibeliusとの連携機能が期待出来そうだからという勝手な妄想によるものである。
3.改善点
特に支障が出るほどの不満点は特にないのだが、とりあえず小事を二点だけ。
まず、付属で付いてくる専用音源、「Sibelius Sounds」について。
これは楽譜の内容や変化にも柔軟に対応する47GBもの高音質総合音源であり、楽譜を音声やビデオファイルで書き出す事も可能にしてくれる・・・までは良いのだが、一部マイナー楽器の音源が収録されていない。
過去、和ロックを作っているときに三味線を選択したら三味線の音が収録されていないらしく、アコースティックギターの音色が代用で当てられた記憶がある。
三味線の打ち込みをしているはずなのに西洋ギター向けのフレーズばかり思いついて最終的に三味線の外部音源に差し替えても三味線に聞こえなくなってしまった。
そんな理由から、実は私はSibeliusで作曲・編曲をする際の音源としてWindows標準搭載のMicrosoft GSを使っていたりする。
音色はせこさMAXであるが、個人的には音質の良し悪しよりも音色の有無の方が重要。
所詮は「下書き」で後にPro Toolsで本番用の音源や録音パートに差し替えるのだし、後々MIDIを単体配布する可能性も考慮すれば普及率がダントツで高いMicrosoft GSに合わせてバランスを調整するのが得策である。
そもそも私のPCの容量(128GB)で47GBの場所取りはキツイので
- 音源を外付けHDDに入れる
- ソフトの立ち上がりに時間がかかる
- HDDが手元に無いときは再生設定を変える必要がある
といった面倒事がおきる。
そしてもう一つ、あえて欠点として取り上げるなら日本での低知名度によるコミュニティの狭さがある。
ただでさえ「DTM弱者で音楽強者」という狭い客層に特化し、「DAWのなり損ねの楽譜制作ソフト」としての微妙な位置付け、他社製品の無双状態等が加わり、日本国内における知名度は絶望的である。
使っている人が少ない=コミュニティが狭いという意味なので、凝った使い方のリサーチや同志との交流、マイナーな専用サードプラグインの導入には大抵の場合英語スキルが必須となる。
日本はアメリカに次ぐ世界二位の規模を30年以上も不動で維持しているほどの安定した音楽市場ではあるが、やはり本場はアメリカであり、その差はでかい。
単純に英語ができるだけで増える可能性や情報ソースの量と質は決してバカにできない。
4.ライバル商品との比較
他ソフトとの比較についてだが、Sibeliusを「楽譜制作ソフト」として見るなら世界シェアのトップの座を争っているライバル商品、Finaleに機能面・自由度で劣っている。
Finaleと違う所は外部音源が使える事なので一見DAWとして使えなくもないと思えるが、オーディオファイルのミックスや編集ができない時点でDAWとしては決定的に終わっている上に、近年ではCubase、Singer Song Writer等の主流DAWの五線譜打ち込み機能も強化されつつあるので現時点のDAWの作曲ワークフローに特殊なこだわりや不満が無い人が追加でSibeliusを購入するメリットはぶっちゃけない。
以上の理由から一般的に立場が悪い中途半端な機能のソフトだと批判されがちだが、Sibeliusの真の強みは上記でも述べたとおり作曲者、特に「パソコンに弱いが音楽に強い人」向けに特化されているという一点に尽きるだろう。一般的には「音楽家のSibelius、出版社のFinale」と言われている。
ところで、このインターフェイスを見てくれ。こいつをどう思う?
Microsoft Officeに似ていると思わないか?
そう、これも実は他には無いSibeliusの強みである。
DAWがアマチュアにも広く使われるようになるのは2000年代後半からであるため、年代によっては紙とペンと五線譜での作曲に慣れ親しんでいる人だっているし、プロ演奏家も普段の活動でDAWを操作する必要性はないし、音大卒であっても専攻によってはDAWの扱いをまったく習わない。
ところが現在PCは一家に一台どころか一人一台、教育機関でもビジネスでも必要不可欠な時代であるし、常識的に考えてMicrosoft Wordが使えないという人は中年層でも殆どいないだろう。扱いがWordに似ているという事もあって、DAWやDTMの知識が皆無であっても非常に取っ付きやすい。
余程マイナーな機能でない限りは上部のリボンインターフェイスシステムだけで殆どカバー出来ているので、音楽と作曲の知識がそれなりにある事が前提ではあるものの、「説明書読まずのぶっつけ本番でもそれなりに使える」というのは思い返してみれば非常にありがたかった。
5.まとめ
まとめるとSibeliusは音大・クラシック演奏家出身といったような「音楽をプロレベルまで正当路線できっちりと勉強した人」がパソコン上での作曲に手を出したい・・・
と思った場合においての最強ツールである。
但し音楽の知識が義務教育レベル以下の人や、五線譜に不慣れな人等が作曲に手を出したい場合は普通に上位のDAWを買うだけで事足りるし、作曲ではなく楽譜制作が主目的なら機能と自由度の理由でFinaleの方がオススメである。
今回は「譜面作成ソフト AVID Sibelius 7のレビュー」をお送りしました。
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